次の瞬間、私は考えるよりも早く、体が動いていた。
 部屋の鍵を開け、自分の部屋に戻り、血だらけの服を着替え、ジーパンのポケットにお金を突っ込むと、そのまま別荘を飛び出してしまったのだ。
 しばらく何も考えず、走って走って、疲れ果てて座りこんで、初めて思考回路が復活したように自分のした事を、思い返していた。
 ・・・なんて馬鹿な事をしてしまったんだろう・・・
 確かに、あのままあの部屋にいて、誰かにあの状態を見られでもしたら、私は犯人だと言われても、反論のしようがなかった。
 でも、だからと言って、私の取った行動は、『自分が犯人です』といわんばかりに見えるんじゃないだろうか。しかも、私は、着替えた服を、自分の部屋に置いて来てしまった。
 
そうだ。今からでも遅くない。帰って、みんなに言おう。
 きっと、みんななら、私の事を信じてくれるはずだ。
 そう思い返すと、私は別荘への道を、戻ることにした。
 でも、そんな私の決心は、次の瞬間には脆くも打ち砕かれる事となる。
 私が歩いていた海岸線を縁取るように走っている国道を、パトカーが何台も、通り過ぎていったのだ。
 まだ、夜が明けきってなくて、薄暗い中に光る、パトカーの赤いランプが、私に一瞬のうちに警戒信号を発した。
 ・・・今、別荘に帰る訳にはいかない!!・・・
 思わず岩陰に身を潜めて、パトカーをやり過ごすと、私は別荘とは反対の方向へと走った。
 ちょっと窪んでいて、入り江のようになっている所に、小さな洞窟があったので、ひとまず私はそこに身を隠すことにした。
 そこでやっと落ち着いて、頭の中を整理してみる。
 あのパトカーは、私たちの別荘に向かっているに違いない。と、言う事は、誰かが、藤田君の遺体を発見したのだろう。
 でも・・・朝だといってもまだ6時前だ。今パトカーが来たってことは、私が別荘を出てすぐに110番されたと言う事だろう。一体誰が、こんな朝早くに藤田君の部屋へ行ったのだろう。
 藤田君の部屋のドアは、きちんと閉めたし、不信に思って開けるとしたら、朝食の時間くらいだと思ってたのに・・・
 それとも、もしかしたら、私が別荘を出ていくところを誰かが見てたのだろうか?
 いや、私は誰も起こさないように、気を付けて、音は立てなかったし、昨夜は、萌以外はみんなお酒を飲んで、遅い時間に寝たから、ちょっと位の物音じゃ、起きないはずだ。
 考えれば考えるほど、頭の中から意識的に遠ざけている結論へと向かっていく・・・
 私の仲間の中に、犯人がいて、私の行動を、ずっと見ていたんだ!!
 私は急に恐ろしくなった。
 そう考えれば、全てつじつまが合うのだ。
 いくら私が酔っていたとしても、藤田君の部屋まで運ばれたとなると、さすがに目が覚めたはずだ。
 起きた時のあの頭痛----きっと、私は睡眠薬か何かを飲まされていたんだろう。
 誰がそんな事を・・・
 睡眠薬を飲まされたとしたら、昨日の夜に萌がいれてくれたコーヒー以外に考えられない。一番入れ易かったのは萌だけど、人目を避けて私のコップに睡眠薬を入れることは、そんなに難しい事ではない。あの場にいた誰だって可能だった。
 それに、もうひとつ分からない事がある。
 私を犯人に仕立て上げたいなら、私がまだ藤田君の部屋で寝ているうちに110番した方が、確実だったはずだ。なのに、私がどういう行動を取るのかを見極めた後で110番したのは何故だろう・・・

 考えに没頭している私の足元を、不意に冷たい水が濡らした。
 ふと今いる洞窟の入り口を見ると、入ってきた時よりもずっと狭くなったように見える。
 そうか!!潮が満ちてきているんだ!!
 ちょっとした間に、入り口は潮が満ちて、もう膝上まで浸からないと出られない程の隙間しかなくなっている。
 どうしよう・・・
 洞窟の奥に昇っていく道があるにはあるが、この道がどこまで続いているのか、果たしてずっと昇りなのか、潮がどのくらいまで満ちるのか、何も分からないのに、奥に入っていくのはとっても怖い。もし、この洞窟のある辺り一帯が、全て水に浸かってしまうほど潮が満ちるんだったら、ここから出ないと生きてはいられない。
 でも、ここから出れば、見つかってしまう可能性がある。そして、今見つかれば、誰も私の話しは聞いてくれず、犯人にされてしまうだろう。
 考えている間にも、水位はどんどん上がってきている。
 考えている暇はない!!

 私は・・・

●洞窟の奥へ入って行った●
●洞窟の外へ逃げた●