待っている時間は、まるで永遠のように長かった。昼近くになって、ようやく萌が部屋に戻ってきた。手にサンドウィッチとコーヒーを持って入ってきた萌は、それを私に手渡すと、自分もイスに腰掛けた。
 「ごめん、美咲。状況は思ったより深刻かも」
 私がサンドウィッチに口をつけるのを見てから、萌が言った。
 「どう言う事?」
 「うん。みんなが美咲の事聞いたら、調子が悪くて私の部屋で寝てるって言おうと思ってたの。昨夜からずっと一緒にいたって言えば、アリバイにもなると思って」
 「うん」
 「それに、犯人はそれが嘘だって知ってるんだから、もしかしたら何か動きを見せるんじゃないか、とも期待してたのよ」
 私はこんな時だけど、改めて萌に感心した。私は何も考えずただ不安に震えていたって言うのに、萌は今朝部屋を出ていった時には既に、そんなことまで考えていたんだ。萌はさらに話しを続けた。
 「でも、言えなかった」
 「どうして?」
 「すっかり美咲が犯人になってるのよ。そんな事言ったら私まで共犯にされそうな勢いだった」
 私は愕然とした。私が犯人扱いされる事は予想してたとはいえ、その状況を目の当たりにすると、さすがにショックは隠し切れなかった。
 「でも、萌がそう言ったからって、共犯なんて・・・萌の証言じゃアリバイにならないの?」
 私の問いに、萌が目を伏せた。
 「現場に・・・藤田君の部屋に、美咲のネックレスが落ちてたの」
 私ははっとした。そう言えば、ネックレスが無い。
 今まで全然気がつかなかった。
 いつの間に落としたんだろう。それとも、犯人がわざと置いたんだろうか?もし、そうだとしたら、これはいよいよ、真剣に戦わないと、本当に犯人にされてしまいかねない。
 萌は何か難しい顔で考え込んでいる。
今度は何を考えているんだろう。もしかすると、萌は『やっぱり犯人は美咲では』何て思ったんじゃないだろうか。
 今の私には、萌だけがたよりだ。萌の信頼を失う事が、一番怖かった。
 しばらく考えた後、萌がやっと口を開いた。
 「美咲。こうなったら、私たちで犯人を探すしかないわ。警察も他のみんなも美咲を疑ってるし、犯人は、徹底的に美咲をハメに来る。犯人を突き出すしか疑いを晴らせないと思う」
 私は頷いた。
 「でも、危険だわ。萌、大丈夫?」
 私が言うとすかさず萌が答える。
 「大丈夫なわけ無いじゃない。怖いわよ!!」
 そう言いながら、萌は言葉とは裏腹に、力強く笑ってくれた。
 それから私たちは、考えられる事を話し合った。
 まずは、私がどうして現場にいたかと言う事だけど、これに付いては二人の意見は一致した。いくら私がお酒を飲んでいたとしても、他の部屋まで運ばれれば、目が覚める。それに、起きた時のあの頭痛。きっと、睡眠薬か何か飲まされていたんだ。その機会は、昨夜リビングに戻って、萌が入れてくれたコーヒーしか考えられない。そして、そんな事が出来るのは、考えたくないけど、私たちの仲間の誰かだ。
 それから、次に、床に残されていた数字の血文字だ。これについても、意味は分からないけど、藤田君の残したダイイングメッセージだろうと言う事で、またまた意見が一致した。
 そこまで話し合うと、私たちは、その日は休むことにした。長かった一日の疲れを払い落とすように、私は急速に眠りに落ちていった。

 翌朝、私がクローゼットの中で目覚めると、萌は部屋にはいなかった。気になりながらも探しにも行けず、待っていると、しばらくして、萌が朝食を手に戻ってきた。
 「美咲。起きた?」
 「うん。ごめんね萌。食事まで運んでもらっちゃって。怪しまれてない?」
 私が聞くと、萌は表情を曇らせた。
 「大丈夫。みんなそれどころじゃないから」
 萌の様子に不安がよぎる。
 「何かあったの?」
 萌は凍りついた様な表情で、重苦しく口を開いた。
 「健が・・・なかなか朝食にこないから、みんなで部屋へ様子を見に行ったの。そしたら・・・」
 嫌な予感がする。
 「今度は、健が殺されてた」
 私は言葉も出せず、思わず目を閉じた。
 今度は健までもが殺された・・・
 一体この別荘で、何が起こっているんだろう。私にはもう、訳が分からなかった。
 「それに、美咲。私たち、大変な勘違いをしてたのかも」
 萌の言葉に、私は思わず伏せていた顔を上げた。
 「何か分かったの?」
 「うん。内容が違うんだけど、健の部屋にもあったのよ。あの数字の血文字が」
 そう言うと、萌は写し取ったメモを見せてくれた。

14789/14728369

 私は一瞬、それが何を意味するのかが分からなかった。しばらく考えて、意外な考えに思い当たった。萌を見ると、どうやら同じ事を考えているようだ。
 「あれは、ダイイングメッセージじゃないって事?」
 私が言うと、萌も自信なさそうに頷いた。
 「やっぱり、そう言う事になるよね」
 そう言いながら、萌自信も色々と考えを巡らせている様子だ。
 確かに、変な話だ。二件の現場に同じメッセージが残されたら、それは二人の被害者が同じメッセージを残したと考えるよりは、同一人物、つまり犯人が、残したと考えるのが自然だ。でも、そんな事したら、余計な手がかりを残して身を危険にさらす事になるんじゃないだろうか?私に罪を着せようとしている犯人が、そんな危険を犯してまでメッセージを残すなんて、どう言う意味があるんだろう。
 そんな事を考えているうちに、警察が到着し、萌はまた、リビングへと降りていった。私は音を立てないように部屋の中でじっとして、ただただ考える事だけに時間を費やしていた。

 そうして、夜を迎えた。
 みんなは食事のために、一階のリビングにいる。
 健の部屋を調べていた警官たちも、食事で一階に降りていった。
 今二階にいるのは私だけだ。
 私は急に、健の部屋の様子を見に行きたくなった。でも、それはあまりにも危険だと言う事も、良く分かっている。私が今捕まったら、私をかくまってくれている萌まで、立場が危うくなってしまう。
 それでも、私はこんな風に、犯人に勝手な事をされて、黙って結果を待つなんて我慢が出来ないのだ。何としても、手がかりを掴んで、犯人を突き止めたい。初めから私を犯人だと決め付けている警察には、目に付かない手がかりが、現場にはあるのかも知れないのだ。
 私はしばらく悩んだ。あまり時間はない。警官がいつ戻ってくるか分からない。動くなら、食事をしている今しかないのだ。

●健の部屋を見に行く●

●今はじっとしておく●