私はやっぱり、ここを動いて別荘に行く事は出来なかった。
 きっと今日は、昨日にも増して、警官が別荘に泊まりこんでいるはずだ。
 今見つかったら、きっと、いくら私が無実を訴えても、誰も話しなんか聞いてくれないだろう。
 それにしても、今度は一体誰が殺されたんだろう。それに、誰が何の目的で、殺人を続け、その罪を私に着せようとしているのだろう。
 私の頭の中は、パニック寸前だった。
 何もかも分からない事だらけだ。
 私は、もやもやした気持ちを引きずったまま、二日目の夜を過ごす事となった。
 次の朝。それも、まだ薄暗い早朝。私はまたしても、けたたましいパトカーのサイレンを聞くこととなる。慌てて飛び起きて、岩の隙間から国道を覗くと、何台かのパトカーが猛スピードで別荘の方に向かっていた。
 私は嫌な予感がした。
 もしかして、また、誰か殺されたのだろうか?もしそうだとしたら、きっと今回も、私が犯人にされているに違いない。
 私は何とも言えない不安を抱えて洞窟内に身を潜めていた。
 昼過ぎ頃、丁度私のいる岩場に、何人かの警官が来た。きっと、私を探しているのだ。
 私は、岩の隙間から覗かれても見付からない様に、いよいよ身を小さくした。警官たちが話している声が、はっきりと聞こえる。と、言う事は、こちらの物音も、きっと聞こえるはずだ。私は、息をする音さえ気を使いながら、じっと警官たちが過ぎ去るのを待った。
 「こっちにはいないな。隠れるところも無いし」
 「そうだな。でも、一体何処にに隠れてるんだろうな?」
 「それにしても、嫌な事件だな。これで三人目だぞ」
 やっぱり、今日も誰かが殺されたんだ。そう思いながら、私は息を殺して、警官たちの話しに耳を傾けた。
 「大体、なんで犯人は、毎回遺体の側にあんな暗号を残していくんだろうな」
 警官たちはその後しばらくその辺りをウロウロした後、どこかへと行ってしまった。
 なんですって!!
 あの暗号は、藤田君のダイイングメッセージでは無かったってこと?
 私は自分の思い違いに愕然とした。
 そして、私の頭の中は、またしても、疑問で一杯になった。
 確かに、三件の事件の現場に同じような暗号が残されれば、被害者のダイイングメッセージとは考えられない。そして、そんな事が可能だったのは、必然的に犯人だけだと言う事になる。
 やっぱり、真犯人を突き止めようと思ったら、昨夜、危険を犯してでも別荘へ行くべきだった。あの暗号が、真犯人を探す手がかりである以上、私は何としても3つの暗号を集めないといけない。
 私は、今日こそ、夜になるのを待って、洞窟を抜け出し、別荘へと向かった。
 別荘は、想像を超えて、明るかった。別荘の周りを警官が定期的に巡回し、別荘の窓も、夜中だというのに明々と明かりが灯っている。
 私は警官が巡回を終え別荘の中に入ったのを見届けて、2階のベランダの近くの木に近づくと、周りを充分に気を付けながら、よじ登った。そして、ベランダに立つと、一つ一つの部屋前の前を注意しながら通過した。この別荘は、それぞれの部屋が広いベランダでつながっているのだ。  
 誰が殺されたのかを推測するのは簡単だった。今、部屋に電気がついていない部屋が、被害者の部屋って事だ。それに該当するのは、健の部屋と野上君の部屋だ。どっちが先かは分からないけど、この2人が殺害されたと見て間違い無いだろう。
 今、残されたみんなは、どんな気持ちだろう。私のことを、やっぱり疑っているんだろうか。それとも、少しでも、私の無実を信じて、心配している人がいるんだろうか。
 そんな事を考えながら、私は健の部屋の窓に近づき、中に懐中電灯の光を落としてみた。
 確かに、床に何か書いてあるらしいのは、見て取れる。でも、なんて書いてあるのかまでは、暗くてよく分からない。私は、何とか懐中電灯の光が効率良く差しこめるように、ベランダで、試行錯誤を繰り返していた。
 その時・・・ガタッと音がして、突然2つ隣の部屋の窓が開いて、萌が出てきた。
 私は一瞬隠れるべきか、話しかけるべきか迷った。
 萌は、私の一番の親友だ。私には、萌が真犯人だとは、どうしても思えない。もし、萌が少しでも私を信用してくれたら、一緒に協力して、犯人を探せるかも知れない。
 そんな事を考えて、立ちすくんでいると、萌が、私の姿に気が付いた。その、萌の目を見た瞬間、私は、いかに自分が甘かったのかを痛感した。
 萌は、恐怖に目を見開き、じりじりと自分の部屋に逃げる様に、後ずさった。
 「萌。聞いて。私じゃないのよ・・・」
 私は萌を怖がらせない様に、その場を動かずに、萌に話しかけた。
 私の声に、ちょっと足を止めた萌に、私は少しづつ近づこうとした。でも、次の瞬間、萌は脱兎のごとく部屋へ入ると、中から鍵をかけ、そして、別荘中に響き渡る大声で、悲鳴を上げた。 

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