大丈夫、私には調べられて困るようなやましい事は、何も無い。それに、何よりも、藤田君を今の状態のままにしておく事は出来ない。 私は、とにかくドアの鍵を中から開けて、外に飛び出した。
大声でみんなの名前を呼びながら、一人一人の部屋のドアを叩いてまわると、みんなは眠そうに目をこすりながら、のんびりと廊下へと集まってきた。
「なんだよ美咲。何時だと思ってんだよ」
「ねえ、まだ5時半よ」
「寝ぼけてんのか?それともまだ酔ってるのか?」
みんなの小言もお構いなしに、私はヒステリックに叫んでいた。
「そんな事、どうだって良いわよ!!」
初めはみんな、口々に不満を漏らしながら、恨めしそうに私を睨んでたけど、私の様子に、ようやくただ事ではないと感じたらしく、真っ先に萌が私の興奮した肩をつかんだ。
「どうしたの、美咲。何かあったの?」
「萌・・・藤田君が・・・」
その後は、声にならなかった。
気付かないうちに、私はきっと極限状態にいたんだろう。みんなの顔を見て、初めて、張り詰めていた糸が切れたように、体中の力がふっと抜けて、その場に座り込んでしまった。
「みんな。警察呼んで。それと救急車も!」
萌が振り返りながらみんなに向かって叫ぶと、みんなもようやく、私の血だらけになった姿に気付いたらしく、後は私の事を萌と栄子に任せ、博人、健、野上君の3人で藤田君の部屋へと走っていった。
それから後の事は、良く覚えていない。私は気が付くと、萌に付き添われて、自分の部屋のベッドに横になっていた。
「あ。美咲、気が付いた?」
萌が私の顔を覗きこみながら、聞く。頷いて答えると、丁度ドアから博人が顔を出し、意識の戻った私に気付いて、近づいてきた。
「美咲、大丈夫か?俺が誰か分かる?」
「ヒロト・・・」
私が答えると博人は、安心したように笑って、「良かった。みんなを呼んでくる!」と、部屋を飛び出していった。
しばらくして、みんなが部屋へ集まってきて、私が寝ているベッドを取り囲んで、口々に声をかけてくれた。
「美咲、大丈夫?」
「大変だったな。あんなもの見ちまって」
「ちょっと、よせよ、野上。美咲が一番ショック受けてんだぞ」
野上君の言葉に一瞬表情をこわばらせた私を見て、健が野上君を制してくれた。そして、なるべく明るく
「とにかく、思ったより元気そうで安心したよ」
と、軽く背中を叩いてくれた。
みんなの顔を見て、ちょっと安心した。こんな時、仲間がいてくれて本当に良かったって思えてしまう。少し、正気を取り戻すと、急に亡くなった藤田君の事が気にかかった。
「ねぇ。藤田君は?」
私がそう聞くと、みんなはちょっと顔を見合わせて、博人が口を開いた。
「警察を呼んだよ。藤田はもう警察のほうに行ってる。検死とかあるらしいし・・・美咲にも話しを聞きたいそうなんだけど・・・」
ふと部屋のドアのほうを見ると、知らない男の人が、2人こっちを覗いている。きっと警察の人なんだろう。
「俺たちは一応、事情聴取は済んだんだ」
健に続いて、栄子も優しく声をかけてくれる。
「大丈夫?明日にしてもらうように頼んで見ようか?」
みんなの心配してくれる気持ちは嬉しいけど、そう言うわけにはいかない。何といっても私は、第一発見者なんだから。少しでも早く、藤田君を殺した犯人を見つけて欲しい。私はみんなにそう言うと、ドアのところにいる刑事さんに視線を移した。
私の事情聴取で、警察の動きが急に慌しくなったように見えるのは気のせいだろうか・・・警察にとって、私の証言----部屋には鍵がかかっていたという事----は大きな意味を持つ事だったらしい。
きっと、少なからず、私も疑われているはずだ。何と言っても、密室の中で、藤田君の遺体と2人っきりで倒れていたんだから。でも今は隠さずに話したと言う事で、私の事をきっと容疑者からはずしてくれると、信じるしかない。私はもうひとつ気になっていた事を、刑事さんに聞いた。
「あの・・・床に書いてあった数字は何だったんでしょうか?」
2人の刑事さんはちょっと目を見合わせた。
「それはまだ、分かっていません。我々は、藤田さんの残したダイイングメッセージだと考えています」
「では、今日はこれで。お疲れのところ、ご協力ありがとうございました。何か思い出した事があったら、また、お知らせ下さい」
そう言って、立ち去ろうとした刑事さんは、ドアのところでちょっと立ち止まって、振り返りざまに聞いた。
「そう言えば、あなたは何故、藤田さんの部屋にいたんですか?」
思い出したように聞くが、きっと初めから聞きたかったはずだ。この刑事さんはまだ、私のことも疑っているんだと、私は直感で感じた。
「分かりません。自分の部屋で寝た事までは確かですけど、目が覚めたら藤田君の部屋で倒れていました」
「そうですか。ご協力、ありがとうございます」
2人の刑事さんは、そう言うと、部屋を出ていった。
夜・・・私たちは、静かに夕食を終わらせると、それぞれが早い時間から、自分の部屋に戻っていった。なんだかんだ言っても、この別荘で、自分たちの仲間が殺されたと言う事が、ショックでもあり、恐怖でもあるのだ。もしかすると、みんなの中にも、私の事を疑っている人がいるのかも知れない。
今日は警察の人が何人か、この別荘に残ることになった。私は、部屋を二階から、警察の人が泊まるリビングの向かいの部屋に移された。
「あなたは第一発見者ですから、何か犯人に都合の悪いものを知らず知らずに目撃しているかも知れない。あなたが狙われたりしないように、警護させてください」
という言い訳だが、私を疑っていて、監視しているんだってことは見え見えだ。
私は、ベッドに横になったまま、ドアの下の隙間から、こぼれてくる廊下の明かりに目をやった。時折人が通る足の影が見える。まだ、警察の人がウロウロしているらしい。
早くこんな苦痛な時間が終われば良いのに・・・
そんな事を考えながら、私は一日の疲れを癒す様に、眠りについた。
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