朝の訪れは、今日も平和とは程遠く、悪夢の続きを見ているようだった。
ドアをノックする音で目が覚めて、ドアを開けると、そこにはいつ来たのか、昨日の刑事さんが立っていた。
「お休みのところすみませんが・・・」
険しい顔つきは、ちっとも『すみません』とは思っていないようだったが、何かが起こったと言う事を私に伝えるには、それで充分だった。
「何かあったんですか?」
「あなたは昨夜からずっとこの部屋に?」
あまりにもあからさまな質問に、自分でも驚くほどカチンときて、私は思わず喧嘩ごしに言い返した。
「そんなことは、あなたの部下の刑事さん方にお聞きになった方が良いんじゃないですか?」
私の言い返し方に失言だったと思ったらしく、刑事さんは、急に柔らかなものの言い方に変えて言い訳をした。
「すみません。そう言うつもりでは無いんです。あなたのアリバイは何よりも確かなものなんです。ただ、形式的に、昨日ここに居た皆さんに聞いている事で・・・」
「何があったんですか?」
「・・・小島 健さんが、亡くなりました」
・・・・・一瞬自分の耳を疑った。健が、死んだ・・・
私が訳の分からないような顔をしていたんだろう。刑事さんは、言葉を選ぶように、ゆっくりともう一度繰り返した。
「小島 健さんが、昨夜、何者かに殺害されました」
「健が・・・」
私は何が何だか分からなかった。だって、昨夜は警察の人が、この別荘内に居たのに・・・
「殺害現場は二階の小島さんの部屋です。良かったら、一緒にきて昨日の現場と比べて見ていただけませんか?」
刑事さんの言う言葉は、半分も私の耳には届いていなかった。
刑事さんに連れられて、私は気が付くと、健の部屋に居た。
健の遺体はまだ、そのまま置かれている。私が怖がらずに健の遺体を見る事が出来たのは、何も昨日の藤田君の遺体で慣れてしまったからではない。ただ、状況の進み具合に頭がついていっていないだけだった。・・・なんでこんな事が・・・
「どうです?何か気付いたことはありませんか?」
刑事さんの問いにも、私の頭はどうしても回転しなかった。一体この別荘で何が起こっているんだろう・・・と、そんな事ばかり考えていた。
「山口 美咲さん!!」
不意に厳しい口調で呼ばれて、はっと我にかえる。
「こんな事を言うのは、あなたにとって酷な事かも知れませんが、言わせて頂きます」
私は、その刑事さんをぼんやりと見つめた。
「これは、明らかに、内部の者の犯行です。そして、今日の小島さんの件で、アリバイが完璧なのは、別荘内で、あなただけです。そのあなたは、第一の藤田さんの事件で、真犯人によって、犯人に仕立てられようとしたって事になるんですよ」
私はうっすらと頭の奥に追いやっていたものを、一気に目の前に突き付けられた気分だった。
「やっぱり、そういう事になるんでしょうか?私の仲間の誰かが、私に罪を着せようとしたって・・・」
「やっぱり?と言うと、何か心当たりでも?」
刑事さんの言葉に、私は力なく頷いた。
「藤田君の事件の時、いくら私が熟睡してたとしても、他の部屋まで運ばれれば目が覚めます」
刑事さんは頷きながら、黙って聞いていた。
「起きたとき、ものすごく頭痛がして、しばらく頭がくらくらしていました。きっと、睡眠薬か何か飲まされたんだと思うんですけど、昨日からどんなに考えても、前の晩に飲んだコーヒーしか思いつかなくって・・・そんな事が出来たのは、あの時一緒に居たみんなしか・・・」
刑事さんは納得したようにもう一度頷いて、私に遺体を見るように促した。
「良く見て、気が付いた事があったらなんでも言ってください。あなたに協力して頂いて、少しでも早く犯人を見つけ出したいんです」
私は恐る恐る、健の遺体をを覗きこんだ。藤田君と同じように、背中を包丁のようなもので刺されている。
「この包丁は?」
私が聞くと、刑事さんはそれがこの別荘の台所のものだと教えてくれた。もう一度覗きこんで、私ははっとした。
床にはまた、血文字で数字が書いてあったのだ。
14789/14728369
私は思わず刑事さんを振り返った。刑事さんも私の横にしゃがみこんで、その数字を指差した。
「そうなんです。また、同じような血文字が残されているんです。この数字に何か心当たりはありませんか?何か、あなた方がやっている映画の撮影に使うものに関連した数字とか、学校内での何かに関係あるとか」
「いえ。何も」
一生懸命考えても、何も思いつかない。
「それより、我々警察は、当初これを被害者のダイイングメッセージだと考えていましたが、違うと言う事がはっきりしました」
「というと?」
私の問いに刑事さんは険しい表情で言った。
「これは犯人が残したメッセージだと言う事です」