「栄子、これまでの事、あなたなんじゃない?」
 その場にいたみんなが、一斉に私に方を振り返った。
 栄子は、信じられないと言うように、顔をこわばらせて、私の顔をじっと見つめていた。
 「美咲。何言ってるんだよ」
  博人が反論する。私はかまわずに何も言わない栄子に向かって話しを続けた。
 「初めの夜、海岸からリビングに戻った後、萌が入れてくれたコーヒー飲んだ時、私たちずっと隣に座ってた。その時に私の飲んでたコーヒーに睡眠薬を入れたんじゃない?」
 「そんな・・・睡眠薬なんて入れてないわ」
 初めて栄子が当惑したように口を開いた。
 「それに、良く考えたら、ここに来ようって言い出したの、栄子だったよね。ここは栄子のお父さんの持ち物だし、今回の事件だって、この別荘の事知ってるからこそ、出来たって部分があるもの。本当は計画的に準備してたんじゃない?」
 「証拠は?3人を殺した動機は?栄子があの3人を憎んでたなんて思えないよ。だって、あんなに仲の良い仲間だったんだぞ」
 博人がしがみつく萌の肩を抱くようにして座ったまま、私に聞いた。
 私はそんな博人に目をやった。
 「私だって、確信がある訳じゃない。ただ、早い段階で分かっててたのに、今まで気にもとめていなかった事があるって、気付いたの」
 「分かってた事って?」
 博人の問いに私はもう一度、栄子を振り返った。
 「密室の事よ」
 栄子は表情を硬くしたまま、私を見返している。
 博人と萌も、分からないといったように、私を見ている。
 「私、みんなが食事してた時、一人で真っ暗な萌の部屋にいたの。警官がウロウロしてて、廊下が明るかった。それで、気付いたの。この別荘は部屋のドアの下に、結構広い隙間があるのよ」
 私が言うと、博人がやっと、分かったように頷いた。
 「じゃあ、外から鍵をかけた後、その隙間から鍵を滑り込ませたって事なのか?」
 私は頷いて、さらに続けた。
 「そういう事。気付いて見れば、こんなのトリックでもなんでも無い、単純なことだった」
 「でも・・・」
 萌が、思い余ったように口を開いた。
 「でも、そんな単純な事だったんなら、栄子じゃなくても、誰でも出きるじゃない」
 そう言う萌に、私は思わず言い返す。
 「じゃあ、2人は、ドアの下に隙間があるって気付いてた?私だってたまたま真っ暗な部屋にいたから気付いたのよ。しかも、最初の夜は、みんなお酒飲んでたし、一緒に2階に上がって分かれたんだから、廊下だって真っ暗で、気付く暇なんて無かった」
 博人と萌は、私の剣幕に押されたように、じっと私を見ている。
 「でも、栄子はきっと、最初から知ってた・・・」
 私の視線を 栄子は何も言わず、まっすぐに見返している。
 「ねぇ、栄子。違うんだったら違うって言って。私だって、こんな事、確信があって言ってるんじゃない。栄子の言葉で言い訳してよ」
 しばらくは、誰も何も言わなかった。ずっと黙って私たちのやり取りを聞いていた刑事さんが、栄子に近づく。
 「坂田 栄子さん。少しお話を伺えますか?」
 その時、栄子は以外にも、少し笑った。
 「もちろんです。これから警察の方に伺って、ゆっくりと、すべてお話します」
 私の頬を、不意に涙が伝い落ちた。
 「栄子!ホントなのか?ホントにお前だったのか」
 博人の言葉に栄子がゆっくりと頷く。
 「どうして・・・栄子、どうしてそんな事・・・」
 萌の、つぶやくような小さな問いに、栄子は答える。
 「それは、警察に行ってから話す。あなたたちに知られたくないの」
 私は、胸が押しつぶされそうだった。
 刑事さんに連れられて、部屋を出て行く時、栄子は不意に立ち止まって、私のほうを振り返ったようだった。私も振り返って、栄子の顔を見たかったけど、私にはどうしても栄子を見ることが出来なかった。
 「美咲、ごめんね。あなた利用したりして。他の2人を殺すまで、警察の目をよそに向けさせたかったの」
 私は、栄子に背中を向けたまま、もうひとつの疑問をぶつけた。
 「あの数字の血文字は、何だったの?」
 栄子は少し笑ったように、明るく答えた。
 「それは・・・宿題ね。教えないわ」
 そう言うと、そのまま栄子は、この別荘を後にした。
 
 しばらくの間は、残された3人とも、口をきけなかった。まだ、信じられない気持ちで一杯なのだ。
 あんなに優しくて、しっかり者だった栄子が、3人もの人間を、殺してしまったなんて・・・私は、急にぐったりと疲れを感じて、ソファーに座り込んだ。呆然としている博人と、泣き続けている萌に私は独り言のように話しかけた。
 「ねぇ、私の事怒ってる?仲間の栄子のことを、あんな風に追い詰めてしまった事・・・」
 「そんな事ないさ。もし俺が美咲でも、同じようにしたよ」
 すかさず博人が言ってくれると、萌も頷きながら、
 「こうする事が、栄子のためでもあったと思うよ」
 と言ってくれた。

 それからは、しばらく別荘の中を、警察の人が慌しく行き来している中、私たち3人は誰も喋ることなくじっとリビングのソファーに座っていた。
 夕方になると、警察の人たちも、みんな引き上げて行き、何日ぶりか、仲間だけの別荘になった。
 でも、何日か前には、あんなに賑やかで楽しかった夜も、今はもう影も形もなくて、残された3人だけの、ひっそりとした夕食の時間を送っていた。博人だけが気を使って、大学の話しや映画の話しなんかをしていたけど、どの話にも、必ず、今はもうここにはいない仲間たちとの思い出がついてまわるから、結局は寂しい気持ちだけが心に蘇ってしまう。
 私たちは、早々に夕食を切り上げて、それぞれ自分の部屋に戻ることにした。 私も自分の部屋に戻ると、電気もつけたままベッドにゴロンと横になった。
 ぼんやりと天井を見ているだけでも、自然と涙が出てきてしまう。あの栄子が本当に人を殺してしまったなんて、今でも信じられない・・・
 明日になれば、こんな嫌な思いしか残していない別荘を後にして、家へと帰れる。何だかこの3日間が、とてもとても長かったような気がする。 今はもう、一刻も早くこの場所を立ち去りたい気分で一杯だった。
 私は、ゆっくりと目を閉じた。ここで起こった事が、明日の朝になれば、全部夢の中の事だったように消えてしまっていれば良いのに・・・


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