今日は特に警官が別荘をうろうろしているから、中を通るのは危険だ。私は、各部屋に繋がっているベランダから博人に会いに行くことにした。
 ベランダからはカーテンのせいで部屋の中は見えないけど、中に人が居る気配はある。博人は部屋に居るようだ。
 私は、博人の部屋の窓を、軽くノックした。
 少しして、博人が顔を出すと、私の姿を見つけて驚きに表情を凍らせた。
 「博人。少し話がしたいの」
 私はなるべく冷静を装って言うと、博人の反応を伺った。
 「美咲・・・なんでこんなところに」
 博人はそう言うと、部屋の中を振り返った。
 一瞬誰か居るのかと思ったけど、誰もいないようだ。
 「博人。犯人は私じゃないの。話を聞いて」
 博人は窓を開けて私を部屋の中に招き入れてくれた。それは、博人が私の言葉の根拠を確かめたいからなのか、女には力では負けないと思っているからなのかは分からないが、博人があんまりにも無警戒に窓を開けてくれたので、逆に私の方が面食らってしまった。
 博人は私をイスに座らせ、自分はベッドに腰掛けると、廊下を気遣う様に小声で言った。
 「美咲。犯人じゃないなら、今まで何処に居たんだ。今頃こんなところに来て、俺が大声でも出したら、どうするつもりだったんだよ」
 私には博人の言葉が、本気なのか、演技なのか、わからなかった。
 「博人ならそんな事しないって思ってたから」
 私は言葉を選んで、『犯人ならそんな事しない』とも『信じてくれてると思ってた』とも取れるような言い方をしたが、博人は後者だと理解したようだった。
 「危ないだろう。誰かに見付かったらどうするつもりだったんだ」
 その言葉には、会釈だけで返事をして、私はすぐに本題に入った。
 「私、本当の犯人が分かったの。密室のトリックだって解けたし。だから、まず博人に聞いて欲しくて、ここに来たのよ」
 「本当の犯人?密室のトリックまで解けたって言うのか?」
 博人は少し驚いたように聞き返した。
 ----引っかかった----
 私はこの言葉で、博人が犯人だと確信した。
 犯人は、私に罪を着せるために、二件目と三件目では密室を作らなかったはずだ。そして、一件目では、私が自分で鍵を開けて、逃げてしまった。つまり、私と犯人以外に、今回の事件に密室が作られた事を知っている人は考えられないのだ。
 「博人。どうして、今回の事件で密室が作られたこと知ってるの?」
 私は単刀直入に聞いた。
 「犯人は博人よね」
 博人は馬鹿馬鹿しいと言うように、笑った。
 「何を言ってるんだ。そんな訳無いだろう。美咲、一体どうしたんだよ」
 「もうやめて!博人。本当は、誰かに止めて欲しかったんでしょう?だから、あんなメッセージを残したのよね」
 私の言葉に、博人のいつもの笑みが消えた。
 「・・・驚いたな。あの数字の暗号まで解けたって言うのか?」
 私は、まっすぐに博人の目を見返して、頷いた。
 「あれは、電話のプッシュフォンの数字よね」
 博人は何も言わない。私はかまわずに続けた。
 「残された暗号は、 
1475369/258
14789/14728369
12583/14728369
 さっき、野上君の部屋で、この、三つ目の数字を見た時、/の後が、二件目の健の時と同じだって気付いて、ピンときたの。電話のプッシュフォンでこの数字を辿ると・・・

1475369  『H』  258     『I』
14789  『L』   14728369  『O』
12583  『T』   14728369  『O』

H・I・L・O・T・O 博人・・・あなたの名前よ」
 私が言い終わると、博人はしばらく黙ったまま、じっと私を見つめていた。そして、少し笑うと、いきなり立ちあがり、私を押し倒して、私の口をふさいだ。
 あまりに突然で、私は抵抗する暇も無く、体の自由を奪われてしまった。声さえ出せない。
 「なんで犯人が、自分の名前をメッセージで残すんだよ。止めて欲しかったから?笑わせるな。あれは、犯人であるお前が残したメッセージなんだよ!!お前は三人の男を殺し、現場に俺に対するメッセージを残して、自殺するんだ!!」
 私は博人のあまりの変貌に、思わず抵抗する事さえ忘れてしまう程、驚愕した。こんな博人は見たことが無かった。今目の前に居るのは、私が昔付き合ってた博人じゃない!!
 どうして・・・どうしてこんなに変わってしまったの・・・
 博人は私の心の中を見透かしたように冷ややかに笑った。
 「美咲。お前はずっと、俺のものだよ。ずっとずっとね」
 そう言うと、私を片手で押さえたまま、もう片方の手で、ベッドの下から包丁を取り出した。
 ----殺される----
 私は初めて恐怖を感じた。私が甘かった。
 大声を出せば、警官が駆けつけてくると思っていたけど、男の人の力の強さを馬鹿にしていたのかも知れない。それとも、博人だったら私に暴力を振るわないとでも思っていたのだろうか。
 とにかく、警官を呼ぶどころか、ほんのちょっとの声さえ出せない。
 「すぐに俺も行くから、待ってて・・・」
 そう言うと、博人は手にしていた包丁を振り上げた。
 その時・・・突然、部屋のドアが開き、数人の警官がかけこんできた。
 
 その後は、あまりの展開の早さに、私はただただ呆然と、事の成り行きを見守っていた。
 私が萌と栄子に声をかけられて、我に返った時には、既に博人はこの別荘から警察へ連行された後だった。
 その後、私は長い時間に渡って事情聴取を受けた。
 驚いた事に、二件目の、健が殺された事件により、逆に犯人は別荘内部の人間に絞られ、私の容疑はすっかり晴れてしまっていたらしい。
 警察の警備は私が思った以上に厳重で、博人のように、自分で招き入れる以外に、外から誰かが入ってくる事は考えられず、ましてや人を殺してまた外に逃げるなど、不可能だったそうだ。
 警官が私を捜索していたのは、捕まえるためではなく、犯行に巻き込まれた可能性があると考えていたかららしい。確かに、私の部屋には血だらけのシャツがあったわけだし、そう言われると、納得してしまう。

 こうして、私は、久しぶりに柔らかいベッドに横たわり、ここ数日の出来事を心から締め出すように、深い眠りに落ちていった。

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