「萌、これまでの事、あなたなんじゃない?」
その場にいたみんなが、一斉に私に方を振り返った。
萌は、信じられないと言うように、顔をこわばらせて、私の顔をじっと見つめていた。
「美咲。何言ってるんだよ」
「そうよ。簡単にそんな事言わないで」
博人と栄子が口を揃えて反論する。私はかまわずに何も言わない萌に向かって話しを続けた。
「初めの夜、海岸からリビングに戻った後、コーヒー入れて来てくれたの、萌だったよね。あの時、私たちずっと隣に座ってた。その時に私の飲んでたコーヒーに睡眠薬を入れたんじゃない?」
「そんな・・・睡眠薬なんて入れてないわ」
初めて萌が当惑したように口を開いた。
「それに、昨日私に、捜査の状況を聞きたがってたよね。本当は警察が自分の事を疑ってないか、気になってたんじゃない?」
私が言うと、萌の代わりに栄子が、半分泣き声で、私に訴えかけるように言った。
「証拠は?3人を殺した動機は?萌があの3人を憎んでたなんて思えないよ。だって、あんなに仲の良い仲間だったのよ」
私は栄子と、しがみつく栄子の肩を抱くようにして座っている博人に目をやった。
「私だって、確信がある訳じゃない。ただ、ずっと心に引っかかってて、思い出せなかった疑問を、今思い出したの」
「疑問って?」
博人の問いに私はもう一度、萌を振り返った。
「初め、藤田君が殺された時、私みんなを起こしてまわったじゃない?あの時初めに私に駆け寄ってくれたのは、萌だった。あの時の萌の言葉が引っかかってたんだけど、私その事を思い出せずにいたの」
萌は表情を硬くしたまま、私を見返している。
「あの時萌、『警察と救急車を呼んで』って言ったのよ」
「それのどこがおかしいんだよ」
博人の怒ったような口調に、私は思わず大きな声で言い返した。
「じゃあ、私が血だらけなのを見て、博人はどうした?まず、藤田君の様子見に行ったじゃない。普通そうでしょう?私が血を見て動揺しただけで、本当はちょっとした怪我なのかも知れない」
博人と栄子ははっとしたように萌の方を見た。私ももう一度、まっすぐに萌を見つめて、言葉を続けた。
「『救急車』は理解できる。でも、萌は『警察』って言ったの。それは萌が、藤田君が死んでるって知ってたからなんじゃない?」
萌は何も言わず、まっすぐに私を見ている。
「ねぇ、萌。違うんだったら違うって言って。私だって、こんな事、確信があって言ってるんじゃない。萌の言葉で言い訳してよ」
しばらくは、誰も何も言わなかった。ずっと黙って私たちのやり取りを聞いていた刑事さんが、萌に近づく。
「田中 萌さん。少しお話を伺えますか?」
その時、萌は以外にも、少し笑った。
「もちろんです。これから警察の方に伺って、ゆっくりと、すべてお話します」
私の頬を、不意に涙が伝い落ちた。
「萌!ホントなのか?ホントにお前だったのか」
博人の言葉に萌がゆっくりと頷く。
「どうして・・・萌、どうしてそんな事・・・」
栄子の、つぶやくような小さな問いに、萌は答える。
「それは、警察に行ってから話す。あなたたちに知られたくないの」
私は、胸が押しつぶされそうだった。
刑事さんに連れられて、部屋を出て行く時、萌は不意に立ち止まって、私のほうを振り返ったようだった。私も振り返って、萌の顔を見たかったけど、私にはどうしても、萌を見ることが出来なかった。
「美咲、ごめんね。あなた利用したりして。他の2人を殺すまで、警察の目をよそに向けさせたかったの」
私は、萌に背中を向けたまま、もうひとつの疑問をぶつけた。
「あの数字の血文字は、何だったの?」
萌は少し笑ったように、明るく答えた。
「それは・・・宿題ね。教えないわ」
そう言うと、そのまま萌は、この別荘を後にした。
しばらくの間は、残された3人とも、口をきけなかった。まだ、信じられない気持ちで一杯なのだ。
あんなに明るくて、優しかった萌が、3人もの人間を、殺してしまったなんて・・・私は、急にぐったりと疲れを感じて、ソファーに座り込んだ。呆然としている博人と、泣き続けている栄子に私は独り言のように話しかけた。
「ねぇ、私の事怒ってる?仲間の萌のことを、あんな風に追い詰めてしまった事・・・」
「そんな事ないさ。もし俺が美咲でも、同じようにしたよ」
すかさず博人が言ってくれると、栄子も頷きながら、
「こうする事が、萌のためでもあったと思うよ」
と言ってくれた。
それからは、しばらく別荘の中を、警察の人が慌しく行き来している中、私たち3人は誰も喋ることなくじっとリビングのソファーに座っていた。
夕方になると、警察の人たちも、みんな引き上げて行き、何日ぶりか、仲間だけの別荘になった。
でも、何日か前には、あんなに賑やかで楽しかった夜も、今はもう影も形もなくて、残された3人だけの、ひっそりとした夕食の時間を送っていた。博人だけが気を使って、大学の話しや映画の話しなんかをしていたけど、どの話にも、必ず、今はもうここにはいない仲間たちとの思い出がついてまわるから、結局は寂しい気持ちだけが心に蘇ってしまう。
私たちは、早々に夕食を切り上げて、それぞれ自分の部屋に戻ることにした。 私も自分の部屋に戻ると、電気もつけたままベッドにゴロンと横になった。
ぼんやりと天井を見ているだけでも、自然と涙が出てきてしまう。私の大親友の萌が、本当に人を殺してしまったなんて、今でも信じられない・・・
明日になれば、こんな嫌な思いしか残していない別荘を後にして、家へと帰れる。何だかこの3日間が、とてもとても長かったような気がする。 今はもう、一刻も早くこの場所を立ち去りたい気分で一杯だった。
私は、ゆっくりと目を閉じた。ここで起こった事が、明日の朝になれば、全部夢の中の事だったように消えてしまっていれば良いのに・・・
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