「博人。これまでの事、あなただったんじゃない?」
 みんなが一斉に私を振り返った。その場にいた刑事さんたちも、あっけに取られたように、私を振り返る。
 「美咲。何言ってるんだよ」
 博人がすかさず言い返す。博人の視線をまっすぐに見返して、なおも話しを続けた。
 「初めの藤田君の時はともかく、後の2人の時は、いくらなんでも警戒心剥き出しの男の人を、女の萌や栄子や、それに私が、簡単に殺せるはずが無いじゃない」
 博人は半分あきれたように、笑って答える。
 「そんな事で俺を犯人扱いするのか?逆に女の方が、警戒されないって事だって考えられるじゃないか。それに、藤田の時は、部屋は密室だったんだろう?」
 その博人の言葉を聞いて、栄子が口を挟む。
 「あんなの密室でも何でもないわ」
 みんなが栄子の方を振り返る。やっぱり栄子・・・
 「分かるんだね。密室のトリック」
 私の問いに、栄子は頷いて答える。
 「もちろんよ。だって、あれは、小さい頃私がよく、母にしかられてた悪戯だもの」
 「坂田さん、どう言うことですか?」
 ずっと聞いていた刑事さんが、美咲に聞くと、美咲はちょっと悪戯っぽく笑って答えた。
 「そんなの、トリックと言うにはあまりにも幼稚な発想なんです。この別荘は、ほとんどの部屋が、ドアの下に、3センチ程の隙間があるんです。だから、外から部屋に鍵をかけて、下の隙間から鍵を中に滑り込ませれば、簡単に密室が作れるって訳なんです」
 栄子の言葉を引き継ぐ様に、私も付け加える。
 「私はこの事に、昨夜気付きました。ドアの下から、廊下を行き来する刑事さんたちの足の影が見えたので・・・幸い、ここは床がフローリングですから、ちょっと勢いよく滑り込ませれば、鍵は簡単に部屋の奥まで放りこめます」
 「なるほど・・・」
 刑事さんは納得したように、頷いた。
 「でも・・・だったら、その方法を使えば、俺じゃなくても、誰だって犯行は可能じゃないか!!」
 博人の叫ぶような言葉に、私は胸が締め付けられる様な思いになった。付き合っていた時、あんなに優しかった博人・・・みんなの人気者だった博人・・・
 私は、精一杯の気持ちで、博人の目をまっすぐに見据えた。 
 「博人。もう、やめて。私も、もっと早く、気付くべきだった・・・博人、本当はとめて欲しかったんだよね。だから、あんな暗号を・・・」
 私の言葉に、博人の目が凍りついた。
 「山口さん、暗号って、どういう事ですか?」
 刑事さんが、間に入るように、口を挟む。私は、ポケットから、萌が暗号を写し取ってくれていたメモ用紙を取り出して、テーブルに置いた。

   
1475369/258
   
14789/14728369
   
12358/14728369

 「今朝、野上君の殺された部屋に残されてたっていう、その3番目の暗号を見て、2つ目と3つ目の暗号は、/の後ろが同じだって気が付いたの」
 その場にいる誰もが、テーブルの上のメモに目をやった。
 みんなが、私の次の言葉を待っていた。
 私は博人を見つめた。
 「博人。これは、電話のプッシュフォンの数字よね」
 博人は何も答えなかった。
 みんなが一斉に食い入るように、暗号を書いたメモを見つめて、最初に萌が口を開いた。
 「そうか!電話のプッシュフォンで、この数字を辿るのね」
 萌がポケットから、携帯電話を取り出すと、一斉にそのボタンを指で追い始めた。 
  1475369  は 『H』  258  は 『I』
  14789  は  『L』  14728369  は  『O』
  12358  は  『T』  14728369  は  『O』
 「HILOTO・・・ヒロト・・・」
 みんなが思い思いに口にする。
 博人は何も言わず、肩を落としてじっと私を見つめていた。
 「こんな暗号残して、ホントは誰かにとめて欲しかったのよね」
 私が言うと、博人は力なく笑った。
 「まったく!!美咲はどこまでお人好しなんだ。お前がそんなだから、俺たち別れなきゃならなかったって、気付いてるのか?」
 私には、博人の言っていることが、分からなかった。
 「やっぱり、そんな事も、分かっていないんだよな。美咲は」
 私をはじめ、みんなが分からない顔をしていると、博人は立ち上がって刑事さんの方へと歩み寄りながら、私に背を向けたまま、続けた。
 「美咲。お前はこの後、犯人として、自殺する予定だったんだよ。俺が美咲の居場所に気付いてないとでも思ってたのか?」
 私は思わず萌と顔を見合わせた。
 萌もすごく驚いた顔で私を見ていた。
 博人にはばれていたんだ。
 博人は独り言のように話しつづけた。
 「あの暗号は、お前が残したメッセージになるはずだった。もちろん、お前を殺した後、俺があの暗号を、みんなの前で解くはずだったんだ」
 博人の意外な言葉に、私は一瞬凍りついた様に、動けなくなってしまった。
 「博人・・・なんで、そんな事・・・」
 私の問いかけに、博人は振り返って、また、少し笑った。
 「お前は、ずっと俺だけのものだった。この先もずっと、俺だけの美咲にしたかったんだよ」
 博人・・・なんて馬鹿な事を・・・
 そう思った言葉は、声にはならなかった。 ただ、代わりに、私の頬を、涙が伝い落ちた。
 そのまま、誰も何の言葉も無いまま、博人は警官に連れられて、この別荘を後にした。
 
 別荘の中には、いつまでも、寂しい静けさだけが、漂っていた。


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