「まずいぞディアッカ。こんなこと」
「良いって。盗む訳じゃねぇし。バスターやジャスティスで出るよりマシだろ?」
「バスター!ジャスティス!それこそ・・・」
「だから。大声出すなって。バレるだろう」
「だから。バレて困ることを何故するんだ」

 そんなひそひそ話など既に冷ややかな目で見られていることには気付きもせず、アスランとディアッカは滑り込むように偵察用の小さなシャトルに乗り込んだ。





 空間に飛び出して涼しい顔で操縦桿を握るディアッカに、アスランは盛大な溜息を吐き出した。
 どの道一旦飛び出してしまえばもうどうしようもないし、事がこのまま済むとも思えない。
 シャトルに乗るだけならまだしもハッチを開放して発進してしまえばバレない筈も無い。
 ただでさえザフトから脱走しアークエンジェルに搭乗するその真意を問われたばかりだと言うのに、この振る舞い。
 しかも今日戦ったばかりのザフトは今、一旦引いたとはいえおそらくすぐ傍に居る。
 そんな時に二人してアークエンジェルを抜け出せば、また寝返ったと疑われても文句は言えない。
 もしこのまま何事もなくアークエンジェルに戻ったとして、彼らが情報の漏洩を疑わないとは思えないし、逆に再び素直に受け入れられたなら、そんな彼らの人の良さが人事ながら心配になると言うものだ。
 アスランは前髪を掻き毟り、観念したようにシートに背を付けた。
「で?どこに連れて行こうって言うんだ?」
 その問いに、ディアッカはちらりと笑って見せるだけで答え、シャトルを下降させた。

 岩場の影にある低い平地が見えると、ディアッカは大岩を回りこむように機体を旋回させながら小さく呟いた。
「あぁ、もう来てるな」
「来てるって、誰が・・・」
 言いかけてアスランは言葉を呑んだ。
 岩の陰には一機の戦闘機が止まっていた。
 あの機体は紛れもなく・・・。
「――、ザフト・・・」
 目を疑った。
 敵対する気持ちが無いとは言え、今は敵同士だ。しかも、こんなこう着状態の戦場に単機で。
 そんなザフトと、こんな風にアークエンジェルを抜け出してきた自分たち・・・。
「ディアッカ、まさか――」
 疑いたくは無いが、疑わずには居られないこの状況。
 もしそうだとしたら、自分はここに居たくない。
 ディアッカを裏切り者だと密告したり、撃ったり、そんなことはしたくないが、だからと言って片棒も担ぎたくない。
 そんな裏切りは何も見たくない。
 二度と誰かを、何かを、裏切りたくない。
 アークエンジェルを、ラクスを、キラを、裏切りたくない。
 しかし、ディアッカは涼しい顔でシャトルを着陸させると、さっさと降り立ち、人を食ったような笑顔で振り返った。
「良いから来いよ」
 そう促して自分はスタスタと敵機に近づいて行く。
 淀みない足取りに不安を覚えて思わずディアッカの腕を取り強く引くと、ディアッカは足を止めてアスランの肩に手を置き、笑った。
「パトリック・ザラの他にも、会っておかなきゃならない奴が居るだろう?」
「え?」
 そう言われて定まらない視線を岩場に向ける。
 岩の陰から銀髪のよく知る人が、ふてぶてしい顔を見せた。
「イザー、ク?」
 呆然と口の中でその名を呟いて、ディアッカに視線を送ると、呆れたように肩を竦めて笑い返された。
「話して来いよ。俺はもうさっき話した」
「え?」
「その代わり一発や二発は覚悟しとけよ。俺は銃を向けられた」



 久しぶりに会うイザークは、相変わらずだった。
 岩場の影からむすっと不機嫌そうな顔を覗かせ、腕を組み、顎を少し上げて、偉そうに二人を睨み付けた。
 そうして、顎をしゃくるように首を振って言外に「こっちへ来い」と示してみせる。
 たいした距離でもなく、わずか数歩足らずの隔たりだが、どうやら自分からこちらへ来る気はさらさら無いらしい。
 そんなところは場が違い立場が違っても同じなのだと、少しだけ安堵する。
 しかし、近付くなり襟首のひとつも掴まれるかと思っていたのとは裏腹に、間近に立ったイザークはただ静かにアスランを睨み付けた。
 何も言わず、吟味するように投げかけられる視線に竦みそうになる自分を叱咤して、精一杯胸を張る。
 いつもならそんな無言の遣り取りを破るのは決まってイザークの怒号なのだが、今日に限ってはイザークはこの重圧を自分の口で破るつもりも無いらしい。
 彼らしい視線と彼らしからぬ態度の狭間が息苦しくて、アスランは自分から口を開いた。
「イザーク」
 それでも。
 言うべき言葉は見つからない。
 ただ名を呼ぶ以外、彼に届くであろう言葉を、知らない。
 これまで機会のある度に色々な人に告げてきた自分の思いは、イザーク相手に限ってはとても無意味な屁理屈のように思えてしまう。
 もちろん、そんな筈は無いのだが、何故だかそう思わせる刃を彼の視線は持っているのだ。
「アスラン」
 そんなアスランの逡巡する思いを遮る様にようやく漏れたイザークの声は、思いのほかに静かだった。
 日頃怒鳴られ慣れていると、逆にこんな声を聞かされる方が余程恐ろしい。
 それでも自分の中に恥ずべき行いも思いも無いのだという主張を込めてまっすぐに見返すと、イザークは射抜くような目線でアスランの胸をチクチクと突き刺した。

「ストライクの、いや、フリーダムのパイロットは幼馴染だそうだな」
「ああ」
 確認するような言葉に、それ以外の返事を差し挟めない。
「ラクス・クラインも一緒だそうだな」
「ああ」
「ストライクを撃った後のお前を助けた、オーブ代表の娘も一緒か」
「ああ」
 端的なアスランの言葉に少しだけ考える素振りを見せて、イザークは体ごとアスランに向き直った。
「情か?」
「え?」
 短く投げられた言葉が上手く聞き取れず聞き返すと、イザークは今日初めて、彼らしいイライラした様子を露にした。
「情に流されたのかと聞いている。幼馴染、婚約者、恩人。流されるには充分な要素だ」
「違う!」
 咄嗟に口を突いて出た言葉は自分でも驚くほどに強い語気を含んでいて、思わず自分の声に竦んだ。

 ―― そんな筈は、ない、違う・・・。
 ザフトのモビルスーツを掠め取り、ザフトを脱走し、敵艦に身を置き、ザフトのモビルスーツの戦闘能力をもってして、ザフトの人間を撃つ。
 そんな大それた事をしている自分の行動の原動力が、個人的感情だなんて。

「私心なんかじゃない。俺はこの世界の戦いの螺旋を止めたいんだ」
「この世界だと?貴様は何様のつもりだ」
 返される言葉にまた竦む。
 何様のつもりもない。
 アスラン・ザラというちっぽけな一個人だ。それは分かっている。
 それでも、何かをしようとすることは、決して間違いではない筈だ。
 イザークは執拗にアスランの論を責め立てた。
「世界のため?人のため?そんなものは貴様の驕りではないのか」
「驕りでも良いさ。それでもこの戦いは止めなきゃならない。ナチュラルにこれ以上核を撃たせてはいけない。ザフトだってこれ以上闇雲にナチュラルを撃つべきじゃないんだ」
「ふざけるな!俺は貴様の綺麗ごとを聞くためにノコノコ出て来た訳ではない!」

 激しい怒号に、アスランは今度こそ息を呑んで言葉を詰まらせた。
 薄い色の目が今や怒りに滲んで自分を睨み付ける。
 間違った事を言っているつもりはないのに、それでも自分を見据える目が、それを綺麗ごとだと言う。
 その言葉に、声を大にして「綺麗ごとなんかじゃない」と言いたいのに、そう叫ぶだけの決定的な何かが足りない。いや、見つからない。
 思わず視線を泳がせたアスランに、イザークは呆れたように溜息を吐き出した。

「良いか。貴様が言っていることが本心なら、貴様のすべきことはアークエンジェルに乗ることじゃない」
「なに?」
 聞きたくない。
 そんな根本を否定しないで欲しい。
 それでも、そんなアスランにはお構いなしに、イザークは尚強い目でアスランを見据えた。
「戦いたくなければ軍人を辞めれば良い。争いをやめさせたければその根元を断てば良い。そのどちらも選ばず、戦いを辞めない道を選んだ理由を、貴様自身が分かっているのかと聞いているんだ」
「分かっているに決まってる。ザフトは、父上は・・・。間違っている」
「ならばお父上を止めろ。貴様にしか出来んことだ」
「やろうとしたさ。でも俺には無理だった!」
「ならばお父上を撃てば良いだろうが」
「なっ・・・」
「真に世界のため、人のためと思うのなら、父殺しの汚名くらい進んで着ろ。それで世界が平和になるのなら安いものだろうが」

 その一見暴言とも取れる言葉に、一瞬にして思考が停止する。
 イザークの言うことは、間違っては、いない。
 いや、自分だって、考えなかった訳ではない。
 キラに見送られザフトに戻ったあの日。
 パトリック・ザラに、息子として向き合おうとしたあの日――。
 それでもやはり、どうしてもその道は選べなかった。
 それが何故なのか・・・。
 ―― 私心だ。
 もちろん、犯罪者になるのを厭う気持ちもある。
 しかし、それ以上に。
 もし自分がここで拘束されてしまったら、この先アークエンジェルはどうなるのか。
 ディアッカはジャスティスになんか乗らないと言った。だから帰って来いと。
 キラとの約束は?
 カガリとの約束は?
 何も聞かずザフトに帰ることを許してくれたラミアス艦長の思いは?
 みんなに、必ず戻ると約束したのだ。

「俺は・・・」
 何か言いたい。何か言わなければ。伝えなければ。
 思いは空っぽになった胸の中で空回りするばかりで、言葉として口から出てきてくれない。
 言いたいことは山ほどあるのに。
 しかし、そんな困惑するアスランの思考を、イザークの怒気の抜けた声が遮った。
「貴様なんかよりディアッカの方が余程潔いぞ」
「え?」
 仰ぎ見る顔は、珍しく笑っていた。
「奴は自分がザフトを抜けたのは私心だとちゃんと自分で分かっている。見てしまったと言っていた」
「見てしまった?」
「ああ。何を見たかは知らんがな。見てしまったから、アークエンジェルを撃つ事も無闇にナチュラルを撃つ事も出来なくなったと言った」

 世界を守りたいとか、争いを無くしたいとか、そんな大それた理由ではない。
 ただ、撃ちたくない相手と撃たせたくない相手が居るだけだと。
 そう言うのか?

「因みに俺が戦うのは、プラントや仲間を撃たせたくないからだ。これだって私心だ」
「あ・・・」
 霧が、晴れる ――
「だから貴様も、認めろ」
 ―― それは、覚悟だ。
「何のために戦うのかを見誤れば、貴様は戦場で、きっと死ぬぞ」

 守りたいものがあるのだ。
 守りたい人が居る。
 それは人によって、立場によって、持つ力によって、違って当然のものだ。
 守るものも、自分の力で撃てるものも、皆違う。
 それが大きいか小さいかだって、違う。
 力のある者は、あるいは世界を守り、世界を壊せる。
 小さな手では守れるものも限られるけれど。
 そして、守りたいものが違えば、当然敵も変わる。
 自分には敵にしか見えない相手でも、その人にはその人なりに守りたいものがあって戦場に立っているのだ。
 戦いの原動力は、皆、私心なのだ。
 それが正しいとは、やはり言えない。
 個々が勝手に戦えば、いずれ収集はつかなくなる。
 皆が私心を捨てれば争いは無くなる。
 けれど、それは人が人である以上、どだい無理な話だ。
 世界を救いたい、争いを止めたい。
 そんな抽象的で漠然としたものは、個々が心に抱く「この人を守りたい」とか「この町を撃たせたくない」とか、そんなささやかな願いの集合体に過ぎないのだ。
 ならばせめて、自分の手で守れるものだけでも守ろうと、人は剣を取る。
 ナチュラルは人を守るために核を取り、ザフトはプラントを守るために大量破壊兵器を取る。
 オーブは、己が理念を守るために、小さな灯を守るために、モビルスーツを開発した。
 そしてアークエンジェルは・・・。
 イザークが言う「根元を断つ」ために、剣を取るのだ。
 だったら自分は。
 そのアークエンジェルとクルーを守るために、ジャスティスに乗る。
 そうだ、ディアッカにも、自分の口からはっきりそう言った筈だった。
 自分はキラたちを、死なせたくない、と。
 そこに、世界だとか、人だとか、そんな大義名分は存在しなかった。
 ただ、守りたいものを守るため。
 その感情だけが、自分を真に突き動かすのだ。

「ディアッカに問われた言葉をそのまま貴様に返す」
 真っ直ぐに投げかけられる視線と言葉。
 甘えを許さない信念。
「俺は貴様の、敵か?」
 ならば、自分も胸を張って、信念を持って応えよう。
「君の銃口がアークエンジェルに向いたら、あるいは」
 アスランの言葉に、イザークはまた、笑った。

 それで良いのだと、音にしない言葉を聴いた気がする。



「大体貴様はいつも、ぐちゃぐちゃと詰まらんことを考えすぎるんだ」
 途端にいつもの表情に戻って呆れたように吐き捨てられる言葉を、アスランはなぜかとても暖かい気持ちで受け取った。
 尊大で皮肉交じりでいつも気の滅入る思いで聞いていたイザークの言い草を、こんなにも嬉しく思うのだから、余程自分は乾いていたのだと思う。
「確かに。突っ走り型の君に少し分けてあげたいくらいだな」
「ふん。お断りだ」
 久しぶりの他愛のない会話。
 それすら懐かしく暖かい。

 不意に、背後で声が聞こえて二人はシャトルを振り返った。
「・・・カ、ディアッカ。アスラン」
 シャトルの通信。
 二人が歩み寄るのを目の端で捕らえながら、ディアッカが回線に手を伸ばす。
 通信画面にミリアリアの険しい顔が映っていた。
「ディアッカ、返事しなさい」
「あぁ?こちらエルスマン。どうした?」
「どうしたじゃないわよ。あんたたち何やってんの?」
「いや、何って・・・」
 イザークが小声で「もしかしてこっそり抜け出してきたのか?」と問いかけてくるのに頷き返せば、呆れ返った様子で深い溜息をお見舞いされた。
 ミリアリアの叱責は続く。
「こっちは大騒ぎよ。出て行くなら一言断って行きなさいよ。私が出て行くところ見てなかったらあんた達のために捜索隊が出されてるところよ」
「何?まさか裏切ったとか疑われてる訳?」
 相変わらず人を喰ったようなディアッカの科白に、ミリアリアはあからさまに不快な表情を見せて眉を吊り上げた。
「誰が今更そんな心配するのよ。周りにはまだザフトだって連合だって居るのよ」
「へぇ。心配してくれてるんだ」
「馬鹿じゃないの。シャトルの心配をしてるの。ただでさえ使える機体が少ないんだから」
 そうして、画面の向こうから、ディアッカに向かいピシリと人差し指を突き出す。
「良い?無傷で返しなさいよ。あんたたちもね。さっさと帰ってらっしゃい」
 そうして、通信はおもむろにブチリと閉ざされた。

 振り返ってバツが悪そうに頭をかくディアッカの姿が可笑しくて、思わず笑いが込み上げる。
「何だよ」
「いや」
 何でもないと首を振っても、くすくすと漏れる笑いが抑えられない。
「良い娘だな」
 そう言うと、ディアッカはふいっとそっぽを向いて鼻先を掻いた。
「あ?あぁ、まぁ、そうだな」
「ちょっと待て。貴様」
「あ?」
 途端に険しく眉を上げたイザークが、ディアッカに詰め寄る。
「まさか貴様、女のためにアークエンジェルに移ったとか言うんじゃないだろうな?」
「なに言ってんだよ、違うって」
「本当にか?本当にこれっぽっちも女のためじゃないと言い切れるか?」
「違う違う。断じて違う!!」
 ディアッカの襟を掴み上げ、険しく睨み上げるイザークと、大慌てで手を振り首を振るディアッカと、それを笑いながら見ている自分。
 こんな些細なことでさえ、ひどく懐かしく、胸を擽る。
「なんだ、違うのか?俺はそうだとばかり思っていたが?」
 と笑いを含んで口を挟めば、やはりイザークの目はいよいよ険悪に釣りあがり、ディアッカは捨て犬のようにフルフルと首を振る。
「ほーら、やっぱりそうなんだろうが」
「だから、違うって。アスランまで、なに言ってんだ」
 イザークは忌々しげにディアッカの襟を放し、トンとその体を突き飛ばした。
「あーそうだ、分かっちゃいたが貴様はそういう奴だ。士官学校からの仲間よりもつい最近知り合った女を取るような薄情な奴なんだよ!!」
 そうして横を向いて、不貞腐れたように言い放つ。
「貴様達のような奴ら、仲間でも何でもない。とっととアークエンジェルにでもどこにでも行ってしまえ」
「イザーク・・・」
 イザークの様子にアスランは思わずオロオロと視線を投げたが、ディアッカは相変わらず飄々と、肩を竦めて笑った。
「ったく、何だよ急に怒ったり不貞腐れたり。相変わらずだよなぁ、イザークも」
「やかましい。さっさと行け」
「はいはい」
 そうして、アスランに向けてもう一度肩を竦めて見せる。
 アスランにしてみれば、これから袂を分かつ相手にはせめてちゃんと別れを言いたいのだけれど、イザークはとてもそれを聞いてくれそうもない。
 ディアッカはそんなことまったく気にも留めない様子で、行こうぜ、とアスランを促した。
 きっとこれが、自分とイザークとの間にはなくて、ディアッカとイザークの間だけに存在する、気安さや信頼感なのだろうとは感じる。
 ずっと同室だった二人だから、この決別は自分が感じる以上に重いのかもしれない。
 
 一度だけイザークの肩をポンと叩き、じゃあ、とだけ声をかけて、歩き出したディアッカの後を追うように踵を返す。
 シャトルに乗り込む前にもう一度だけ振り返ると、さっきまで不貞腐れた顔を逸らしていたイザークが、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「おい、貴様ら」
 そうしてそのままツカツカと早足に歩み寄ってくる。
 アスランは、歩み寄ってくるイザークを、ただ呆然と見ていた。
 先にシャトルへ乗り込もうとしていたディアッカが可笑しそうに笑いながら振り返った。
「何だよ、まだ文句言い足りないっ――」
「イザーク?」
 トン、という小さな衝撃とともに、ふわりと風が撫でるような気配を感じた。
 そのままぎゅっと体を引き寄せられて、ようやく自分たち二人がイザークに抱き締められているのだと理解した。
 理解はしたが・・・。
 あまりにもイザークらしからぬ行為に戸惑いが先に立って、一瞬自分の身を包んでいるのが誰の腕で、誰の温もりで、誰の香りなのか、分からなかった。
 同じように身を竦めていると感じるディアッカに視線を移そうと首を振ると、自分の右肩に押し付けるように乗せられた銀色の髪に視界をさえぎられた。
 先に我を取り戻したのは、やはりディアッカだった。
「おい、イザーク?」
 しかし、返事は返らず、ただ二人纏めて仕舞い込んだ腕に力が込められる。
「何だよ、急に寂しくなったか?」
 笑いを含んだそんな言葉に一瞬身を硬くして、小さくやかましい、と零して、イザークはさらに二人の肩口に額を擦り付けた。

 あぁ――。
 こんなに大切な仲間なのに。
 志だって、同じなのに。
 何故一緒で居られないのだろう。
 もしかしたら銃を向け合うかもしれない状況に、何故身を置かなければならないのだろう。

 アスランは、そっと手を伸ばし、イザークの背にまわした。
 見慣れた軍服。
 自分もほんの少し前まで袖を通していた、赤。
 初めて着た時の、あの背筋の伸びるような、誇らしげな気持ちは、今も少しも掠れてはいない。
 仲間同士で、初めて身を包んだ軍服姿で取った写真は、今も胸の中で色鮮やかに蘇るのだ。
 そうだ、あの時。
 イザークに、貴様などグリーンで充分なのに、赤など似合わんと鼻先で笑われた。
 それでも今は、この赤が、自分たちを繋ぐ仲間の証だったのに。
 それを自ら捨てた自分は、やはりイザークに対してだけは「裏切り者」の烙印を甘んじて受ける覚悟を示すべきなのかもしれない。

 耳元で、イザークのくぐもった声が聞こえた。
「俺はディアッカのように色ボケじゃないからな。女のためにザフトを抜けたりしない」
「だから、女のためじゃないって」
「それに、アスランのように腰抜けでもない」
「腰抜けって・・・」
「ふん。腰抜けを腰抜けと言ってなにが悪い。自分の力が小さくても、ザフトや仲間を俺は見捨てない。自分の力が小さいなら、大きくなればいいだけの話だ。俺はザフトが間違っているなら、お前のように外に逃げたりせず、中から正す」
「イザーク・・・」

 そうだ。確か――。
 赤など似合わないと言われて、君こそ似合わないと言い返した時、イザークは不敵にに笑った。
 そうして、こう言ったのだ。
「似合わなくて当然だ。俺は白を着るべき人間だからな」
 
「イザーク・・・」
 背に回した手でぎゅっと軍服を掴むと、自分の手の隣に、同じようにイザークの服を掴んでいるディアッカの手の存在を感じた。
 耳元でまた、声が落ちた。
 やはり銀色の幕の向こうから零される声はくぐもってはいたけれど、なぜかとても鮮明に、すとんと胸に落ちてきた。

「貴様ら、死んだら許さんぞ――」



 視界にようやくアークエンジェルを捉えて、ほっと息をつく。
 飛び立った自分たちのシャトルをいつまでも見上げているイザークの姿がとても印象的で、なかなか現実に戻れない焦燥感に浸っていたが、アークエンジェルの姿を見て、ようやく自分の立ち居地を再認識した気がした。
「覚悟しろよ、ディアッカ。どれだけ怒られるか、考えただけでも恐ろしいぞ」
「だよなぁ。まさかバレるとはな」
「バレない訳ないじゃないか」
「そっか?」
 それでも、疑ってはいないというミリアリアの言葉がとても嬉しかったから、ここは甘んじて叱責も受けようという気になっていた。
「そうだ、ディアッカ」
「ん?」
「お前、本当にミリアリアのためにザフトを抜けたのか?」
「ぶっ」
 途端に変な音の息を噴出して、ディアッカが咳き込む。
「な、なに言ってんだ。っつうか、マジで言ってたのかそれ?本当に違うって」
「本当に?だが、惚れているんだろう?」
 悪戯っぽい視線を投げながらそう言うと、一瞬ちらりと視線をよこした後、ディアッカは意外なほどに真面目な表情で首を振った。
「あいつは俺がおいそれと惚れて良い相手じゃないんだよ」
 ディアッカの言葉に、アスランははっと息を詰めた。
 何気なく零された言葉ではあったけれど、それは今、とても重たい言葉でもある。
 彼女は、恋人を失ったばかりだ。
 しかも、その恋人は自分が殺した――。

 それが・・・戦争だ。

 立場なんて、自分の気持ちひとつで簡単に変わる。
 敵だって。
 今別れてきたばかりの大切な人だって、明日は敵かもしれない。
 誰かが、誰かに。
 剣を向けるたび、銃口を突きつけるたび、その場に関わるすべての人の中に新たな敵は生まれるのだ。
 人を撃つ時、同時に人に撃たれる覚悟を持たなければならない。
 撃つ相手の人生を背負う覚悟。
 その人を慕う誰かから撃たれる理由を、自分はひとつ、背負うのだ。

 だから――。

 イザークは言った。
 戦う理由を見失えば、きっと死ぬ、と。
 戦う理由が揺らげば、覚悟が定まらなくなる。
 
 アスランは視界一杯に近付いたアークエンジェルを、見つめた。
 ディアッカの視線にも、きっと同じ覚悟でこの船体が映っているのだと思う。

「まぁ、今更どうしようもねぇし、覚悟決めようぜ」

 何に対する覚悟?
 とは、あえて聞かなかった。

 とりあえず、これは額面通り、新しい仲間たちの厳しい叱責に対する覚悟だと受け取って、アスランは頷いた。

「あぁ、さっさと帰ろう。アークエンジェルへ」




お待たせしました。
綸さんに、捧げものです。受け取ってください〜♪

とりあえず、見た後の感想が変わったら嫌だから、どこのサイトさんのお話も読まず、スペエディも見ず、スーツCDも聞かず、アニメの印象だけで描きました。
だからきっと、後になってすっごく後悔する作品であることは間違いなし!!!
なんだかアスランがとってもお馬鹿っぽい感じに仕上がってしまって、綸さんの逆鱗に触れそうな・・・。
気に入らなかったら即刻脳内抹殺してください><

そんでやっぱり・・・。
どうしてもディアッカを捨てきれない><
どんなシーンにもフル活用したくなるのに必死で逆らいながら描きました(笑)

こんなんですが、どうかお納めください〜♪

ぷりこ