「あれ?哀ちゃん。キーホルダーは?」
学校帰り。歩美の声に、少年探偵団全員の視線が灰原哀のランドセルに注がれた。
「ほんとだ。いつの間に落としたのかしら?」
哀が付けていた歩美とお揃いのキーホルダーが消えていた。
「確か、2時間目の休み時間には付いてたぜ」
コナンが記憶を辿りながらそう言うと、光彦も賛同する。
「そうそう。3時間目の音楽室に行く前に、灰原さんがランドセルからたて笛をだして・・・あの時はあったような気がします」
「給食の時もまだあった気がするぞ」
「おいおい元太。それ本当か?」
コナンの疑り深い問いかけに、怒ったように元太が反論する。
「本当だぞ。給食の時灰原がランドセルごそごそしてたから、俺てっきり何か別におかず持って来たんだと思って見てたんだぞ」
「元太君じゃあるまいし。灰原さんはおかずなんて持って来ませんよ」
そんな皆の会話の中、一人しょんぼりしている歩美に、哀は申し訳なさそうに声を掛けた。
「ごめんなさい。せっかくおそろいだったのに」
「ううん。いいよ。明日皆で学校探せば見つかるかも知れないし」
「よし!明日少年探偵団で学校中捜索しようぜ!!!」
元太の声に歩美が「うん♪」と頷くと、みんなの顔にも笑顔が戻る。
やはり、歩美の笑顔は少年探偵団の元気の源らしい。
「じゃ、一度帰って公園に集合な」
「うん。ねぇ、コナン君。ちゃんと博士の新しい発明品持ってきてね」
「ああ。昨日借りてきてウチにあるからな。今度のは割と傑作だぜ」
「博士ったら、アレに気をよくして、また昨日から新しいおもちゃの発明に没頭してるわよ」
「わぁ・・・楽しみ〜〜〜♪」
すっかり新しい話題に夢中になっている元太たちの会話に光彦が慌てて断りを入れる。
「あ。すみません。今日は用事があるの忘れてました」
「え〜〜!!!今日は博士の新しいおもちゃで遊ぶって、昨日から約束してたのに」
「そうだぞ光彦。さっきは用事があるなんて言ってなかったじゃんか」
元太と歩美の抗議の声に
「すみません。忘れてたんですよ。明日どんなおもちゃだったか詳しく教えてくださいよ。じゃぁ。僕は急ぎますから」
と、早口に言い訳すると、光彦は笑顔で手を振りながら駆け出して、あっという間に角を曲がって皆の視界から姿を消した。
「私も今日はパス。博士に買い物頼まれてるの」
「えぇ〜〜〜!!!哀ちゃんも?」
「せっかく博士の新しいおもちゃ、皆で遊ぼうって言ってたのによ」
「私はいつでも遊べるから、今日は皆で楽しんできて」
「皆で遊ぶから楽しいんだもん」
せっかく楽しく皆で遊ぼうと思っていた出鼻をくじかれた、元太と歩美の不満の声に、流石に見るに見かねてコナンが仲裁に入る。
「まあまあ。どうせ皆で居ても、一度に操作できるのは一人なんだから、今日は3人で良いじゃねぇか」
「だって・・・」
「光彦と灰原は、また今度って事で・・・な?」
「ちぇっ。しょーがねーな」
しぶしぶ納得する2人の背を押すように家路に付かせると、コナンは「じゃあ、私はここで」と手を振って別れようとする哀を振り返って、小声で呼びかけた。
「おい、灰原」
「なに?」
「3月って言ってもすぐ暗くなるから、見つからなくても6時には諦めて家に帰すんだぞ」
「あら。何の事?」
「何の事じゃねぇよ。小学生をあまり遅くまでうろつかせんなって・・・」
「私は博士に頼まれた買い物したら、すぐ帰るわよ。じゃあね」
涼しい顔でそう言って来た道を戻る哀の後姿を見送ると、コナンはため息をついた。
「まったく・・・相変わらず素直じゃねぇな」
学校へ戻る道にも、脇の植え込みにも、自動販売機の陰にも・・・キーホルダーは見当たらない。
光彦はあちこちに片っ端から身をかがめては覗き込み、また歩き出しては覗き込み・・・、そんな動作を繰り返しながら、帰りかけた道を学校へと戻っていた。
「絶対見つけるんです。あのキーホルダーは歩美ちゃんと灰原さんがおそろいで大切にしていたものなんですから」
そう呟きながらキョロキョロと道を辿るうちに、結局学校まで着いてしまった。
「と言うことは・・・やっぱり学校ですか」
まだ少しだけ上級生の姿がちらほら見える校庭へと足を踏み入れると、さっき皆と一緒に学校を出た時に通った道を思い出しながら、そして、落し物を見落とさないように気をつけながら、校舎へと慎重に歩き出した。
「お願いですから、見つかってくださいよ!!!」
校舎へ入ったら、まずは靴箱近辺を慎重に探す。
履き替え口のスノコの隙間も丁寧に、念入りに覗き込む。
次の目的地は教室。
教室までの廊下も見落とさないように、下にキョロキョロと目を配りながら歩く。
落としたところを誰かに蹴られたかも知れないと、端々まで丁寧に見て回る。
「そうそう、そういえば、帰り際に灰原さんは手を洗っていましたっけ」
思い出して途中の手洗い場も確かめてみる。
水道管へ落ちてたりしたら大変だけど、ここにはきちんと網が張ってあるから、その心配は無い・・・と思う。
下を覗き込もうとして廊下に手を突いて屈むと、誰かがこぼしたままになっていた小さな水溜りに膝を付いてしまって、ズボンがひんやりと濡れてしまった。
「あ〜あ。。。」
思わず顔を上げて、改めて自分の手や膝を見ると、既に泥だらけで真っ黒になってしまっていた。
ここまで汚れたら、チョットくらい濡れたって気にならなかった。
それよりも早くキーホルダーを見つけたい。
ようやく教室に辿り着いて、改めて捜索開始。
ここが一番怪しいと最初から思っていたので、より念入りに隅々まで調べていく。
それでも、期待して居たのと裏腹に、教室の半分まで探し終わっても収穫なしだと、流石にちょっと気が弱くなってしまう。
「大丈夫。だって僕は、少年探偵団の円谷光彦ですから!!!」
心細くなって来た心を叱咤するように、自分でそう呟きながら、夕日が差し込む教室を黙々と捜査し続けていると、不意にガラガラとドアが開く音がして、先生が顔を覗かせた。
教室の隅に四つんばいになっている光彦に一瞬驚いた顔をした先生は、すぐにそれが自分の教え子の姿だと分かると、にっこりと笑った。
「円谷くん。こんな時間まで、どうしたの?」
校庭に差し込む夕日が長い長い校舎の影を作って、やがて向こうの空から薄暗くなろうとしていた。
皆と別れた後、すぐに光彦に追いついた哀は、植え込みや道端を必死で覗き込んでいる光彦になんとなく声を掛けられずに、学校まで後を付けるように辿り着いてしまった。
それから校舎へと消えて行く光彦を見送ると、さて、どうしたものかと校門の所で立ち止まって思案していた。
せっかく自分のために、探し物をしてくれている光彦に、『もういいわ』とは言えないが、かと言って、一緒に探すとなると、光彦のことだから、暗くなっても見つかるまで絶対に諦めないだろう。
もうじき夕日も落ちて暗くなってしまう。
新一の言葉じゃないが、小学生に暗くなるまで探し物をさせるのもどうかと思うし・・・
そんなことを考えていると、校舎から歩いてくる光彦の姿が見えた。
「灰原さん。どうしたんですか?こんなところで」
哀の姿を見つけると、光彦は小走りで駆け寄ってきて声を掛けた。
「博士のお使いで本屋さんへ行った帰りなの」
哀が答えると、光彦は得意そうに右手を差し出した。
その手の平には、哀が無くしたキーホルダーが握られていた。
「これ・・・」
「これですよね。灰原さんの落としたキーホルダー。歩美ちゃんとお揃いの」
満面の笑みを作る表情に、哀も思わずつられて笑顔になる。
「ええ。ありがとう。探してくれたの?」
「いいえ!!!忘れ物を取りに学校へ来て、ほんのついでです」
真っ赤な顔で慌てて首を振ると、光彦は哀が見てきたのとはまったく違う言い訳をした。
「ありがとう」
光彦の手から落し物を受け取ろうと手を伸ばすと、真っ黒に汚れた手がキーホルダーと一緒に視線に飛び込んできた。見ると、膝も、裾も、泥だらけだ。
「本当にありがとう。お礼しないといけないわね」
哀がそう言うと、光彦は照れたように笑いながら手を振った。
「いえ。お礼なんて。僕は何も」
「でも、本当にとっても大切なものだったから、やっぱりお礼はさせてね」
そう言うと、光彦の返事を待たずに、哀は近くの自動販売機で暖かいココアを買って、光彦に手渡した。
「ありがとうございます」
嬉しそうにココアを握り締める光彦と一緒に、とにかく近くの公園のベンチに腰掛けると、光彦は早速缶を開けておいしそうにココアを飲みだした。
「実は、先生に落し物が無かったか聞いてみたんです。誰かが拾って届けてくれていました」
恥ずかしそうに告白する光彦に哀は笑顔を向けた。
自分のために探してくれていたという、その気持ちが嬉しい。
「頼りになるわね。少年探偵団の円谷君」
そう言われてまた一気に顔を赤らめた光彦は、エヘンと胸を張って大げさに答えた。
「なんたって、少年探偵団ですから!!!どんな難事件も任せてください!!!」
そう言って笑いあう二人の間を、夕方の冷たい風が吹き抜けた。
気が付けば夕日はすっかり沈んでいて、空は茜色から薄いブルーへと変わっている。
ずっと外で待っていて体が冷えたのかもしれない。
哀が小さく”くしゅん”とくしゃみをすると、光彦が慌てて手にしたココアを差し出した。
「灰原さん。これ。体が温まりますよ」
差し出されたココアを手に取ると、光彦が満足そうに笑った。
「ありがとう」
そうして一口飲むと、冷えた体と一緒に内側から心まで温まってくるみたいだ。
「ホントだわ。あったかい。ありがとう」
またお礼を言って、光彦にココアを返す。
今日のように、たくさん”ありがとう”が言える事って、なんて幸せなんだろう。
そんな事を考えてほんわかと心を暖める哀の目に、ゆでだこの様に真っ赤になった光彦の姿が映って、ふと、自分の勘違いに思い当たった。
「は・・・は・・・灰原さん。(か・・・間接キスです)」
暖かい缶を持つと、体が温まりますよって言ったつもりだったのに///
そんな光彦の心の声が聞こえたような気がして、哀はまた、声を立てて笑った。
・・・いい加減 終われ・・・
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