ふと会話が途切れると、志保はぼんやり部屋の中を見渡した。

 蘭が黙ってその様子を見守っていると、暫くしてようやく志保が口を開いた。

 「前にこの家に来たのは、組織の人間としてだったわ」

 少し驚いたような蘭の様子を見て、志保が蘭を見つめた。

 「工藤君に聞いてない?」

 蘭が頷くと、志保は思い出すように言葉を続けた。

 「私がまだ、組織の人間として働いていた頃、遺体が確認されなかった工藤君の足取りを調べるために、2度、組織の人間を連れてこの家に来ているの」

 志保は当時を思い出すように、改めて、部屋の中を見渡した。

 「工藤君が幼児化した事は、彼の子供のときの洋服だけが無くなったのを見ればすぐに察しがついたけど、私はその事を組織には言わなかった」

 蘭が息を呑む様子が、蘭を見なくても分かる。

 「彼のためじゃないわ。研究対象としてとても面白い事例だったから、もう少し成り行きを見たいと思ったの」

 そう言うと、志保は自分を蔑む様に少し笑った。

 「酷いでしょう?私は一度、悪魔に魂まで奪われたのよ。まあ、その薬で自分まで幼児化してしまったんだから、後で思うと、組織に報告しないでおいた事が自分を救う事にもなったんだけど」

 そう言って志保は蘭に視線を向けると、何か言いたそうな蘭を遮るように話し続けた。

 「最初は自分の子供の姿を鏡で見るだけでも吐き気がしたわ。いつもいつも、忍び寄る組織の影に怯えていた。でも・・・」

 蘭から送られる視線を、志保もまっすぐに見返す。

 「そんな私を彼が救ってくれた。絶対守ってやるって言ってくれたの。だから、私は死ぬ事より、戦うことを選ぶことが出来た」

 そこまで一気に話すと、志保は蘭を見つめた。

 蘭もまっすぐな視線を離す事無く志保へ送っている。

 先に口を開いたのは蘭だった。

 「哀ちゃんは、私なんかが想像も出来ないくらい辛い思いを、沢山したんだね」

 涙混じりに、蘭が志保の手を握った。

 「でもね。それは哀ちゃんのせいじゃない。哀ちゃんはこれから志保さんとして、償いなんかじゃなくて、自分の為に生きていかなくちゃ駄目なんだよ」

 そんな蘭の言葉に、暫く握られた手を見つめていた志保が、ふっと笑顔を漏らしながらため息をついた。

 「(・・・まったく・・・)」

 ---かなわないな。

   根っから素直なんだか、鈍いんだか---

 「ありがとう」・・・と志保が漏らした言葉は、果たして蘭の耳に届いたのかどうか、分からないが、志保の笑顔はしっかりと蘭の胸に温かい光を落とした。



 新一がようやくリビングへ戻った頃、丁度、隣の玄関先から、ちょっとうるさいビートルのエンジン音と門扉を開く音がきこえてきた。

 志保が新一から、博士への届け物を預かると、3人で玄関へ向かった。

 出掛けに、志保が新一と蘭に、今までに見せたことの無い笑顔を向けた。

 「今いる研究所に、時々小学生の子供たちが見学に来るの。未来の科学者の卵達よ」

 新一は玄関のドアに寄りかかり、腕を組んで志保を見つめている。

 「子供たちと話していると、時々自分が”宮野 志保”だか”灰原 哀”だか分からなくなるわ」

 「ああ。俺も時々、自分が”江戸川 コナン”に戻っちまう時があるぜ」

 「あんなに憎んでいた”灰原 哀”なのに、不思議だわ」

 そう言って笑う志保に、新一もあまり蘭にも見せない優しい笑顔を向けている。

 そこには蘭の入り込めない、何か特別な世界があるようにも思える。

 別れ際に、志保は、新一に聞こえないように、そっと蘭に耳打ちした。

 「本当のことを言うと、今日は、博士じゃなくて、工藤君に会いに来たのよ」

 驚いたように見つめ返す蘭に、志保は少し悪戯っぽく、少し意地悪く、笑ってみせる。

 「実は私、まだこっそり、アポトキシン、処分せずに持ってるの。あなたがモタモタしてると、また工藤君に飲ませてしまうわよ。2人して少年探偵団に戻るのも悪くないって、今は思ってるの」

 呆然とする蘭を尻目に、志保はさっさと門の外へと歩き出していた。

 そして、門を出る前にもう一度振り向くと、2人に向かって笑いながら手を振った。

 「蘭さん。冗談よ!今日あなたに逢えて、良かったわ。ついでに工藤君もね」

 そう言うと、志保は颯爽と姿を消した。

 「何だよ、ついでかよ。まったく、灰原の奴、ちっとも変わってねえな」

 そうブツブツ不満を漏らしながら、家の中へと入っていく新一の後姿と、たった今志保が消えていった、工藤邸の門を、蘭は見つめた。

 思いがけず知らされた、哀の気持ち。

 突然の哀の訪問は、蘭の心に切ない色を落として行った。

 新一は、そんな哀の気持ちに気付いているんだろうか?

 最後に哀がもたらした冗談は、切ない思いを噛み締めた哀の、精一杯のエールだったんだろう。

 「(哀ちゃん。頑張って)」

 そう心の中で呟いて、蘭は新一の後に続くように、工藤邸の玄関をくぐった。

 

 いかがでしょうか?

 前回UPした”訪問者(平次・和葉編)”に続き、昔書いた3部作の2編目、訪問者(灰原 哀編)です。

 そして、1編目が”平次・和葉”で、2編目が”灰原 哀”とくれば・・・この流れで行くと3編目は・・・もうバレバレですかね(笑)

 ここまで来たら、機会があったら是非UPしたいと思っています。

 今回、新一も元の姿に戻ってるんだから、当然哀ちゃんも戻ってる訳ですが、何せ、想像力が乏しいぷりこには、なかなか本編に出てこない”宮野 志保”さんは、とても難題でした(^^;)

 なんか、みんな性格悪い人になってしまって、UPするのもかなり迷いましたが、話の設定自体はいつか必ず書きたいと思っていた内容だったので、思い切ってUPしてみました。

 もう少し、ぷりこに文章力がついた頃に、一番に書き直すのは、きっとこの作品でしょう(笑)

 ご感想など、掲示板にいただけると、いつものように泣いて喜びます;

 では、長々とお付き合い、ありがとうございましたvv

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